2020-11-15

商船士官を夢見た作詞家、星野哲郎先生

「♫波の谷間に命の花が ♪ふたつ並んで咲いている ♪兄弟船は親父のかたみ 

♫型は古いがしけにはつよい おれと兄貴のヨ夢の揺り篭さ」

これは、星野哲郎作詞、船村徹作曲、鳥羽一郎さんのデビュー曲、「兄弟船」。

星野哲郎作詞、船村徹作曲のコンビは、昭和の名曲を数多く作りました。

お二人が作られた歌は、春日八郎、北島三郎、美空ひばり、島倉千代子、水前寺清子、都はるみ、美川憲一、小林旭、渡哲也等々、錚々たる昭和の歌手のヒット曲です。

星野先生は、演歌を中心に約4000曲を作詞、数々のヒット曲を生み出しました。

私の商船高専の恩師、針本多久男先生。私が学生当時の大島商船は、全寮制で約500名の若人が寮生活。その寮の裏が教員官舎でした。

針本先生には、色々と「ご指導」を受けました。夜中に「ちょっと官舎に来てくれい」との呼び出しが、時々ありました。官舎では、お酒をいただき四方山話、多面的な人生勉強のひと時です。

訪問して何時も気になったのが、客間の星野哲郎先生の色紙と写真。ある時、「先生、星野先生の写真と色紙が、何故、あるのですか」と、訊きました。

「私とテツロウは、清水高等商船1期生、同期だ。テツロウは、ここ大島の生まれで、この官舎にも何回か来た。俺の親友だ」とのこと。

日本を代表する作詞家、星野哲郎先生が、商船士官を夢見て高等商船で学ばれたのを初めて知りました。病気で船会社を辞め、色々と苦労されて作詞家になられたようです。

今日は、星野先生の親友で私の恩師、針本先生を紹介し、人の魅力を考えたいと思います。針本先生は、一言で紹介すると、人として、男として魅力のある先生。これまで会った最も魅力的な人です。

魅力は、その人から出る「香」。魅力の要因を色々と並べても「魅力のある人」の実態は語れず、「香」は、伝わりません。いくつかのエピソードを紹介しながら、私が感じた魅力の一端でも伝われば嬉しいです。

写真は、我が母校、大島商船の本館と学生寮


先生に出会うと大島商船の「ヤンチャ坊主」が、「心身ともに姿勢を正す」。このような先生でした。これ凄いことです。

これだけの記述ですと、固い先生の印象ですが、愛嬌もある先生でした。松下幸之助さんは、リーダーの資質に「愛嬌」を挙げています。愛嬌、私も重要に思います。

ある夜8時頃、「安田と柳、針本先生がお呼びなので、大至急、教員官舎に行くように」との寮内放送。友人の柳君と「お前何か心当たりがあるか」と、お互い話しながら先生宅を訪問。

先生は、すでに技官の方とお酒を呑まれ「お前達2人は、俺の電気工学が満点だった。今夜は、一緒に呑みたい」との呼び出し理由の説明。

30分くらい一緒に呑んだ後、「私と岩政は、これからキャバレーに行って呑んでくる。お前達は、うちのおばさんと呑んでくれ。30分したら帰ってくる」。

「オーイ、俺の一張羅を出せ。お前達も連れて行きたいが、今日は我慢せい」と出発。先生達は、30分後に上機嫌で帰宅。その後、さらなる楽しい宴。

また、ある夏の夜、寮の屋上で友達と鍋を作り星観の宴。午前2時頃、鍋の具がなくなり、「針本先生を起こして、鍋の具を貰う」ことを計画。先生宅の玄関をドンドンと叩き、先生と奥様を起こしました。

「先生、鍋の具がないのですが、何かありませんか」とお願い。「おおう、よく来てくれた」と一声。そして、奥様に「冷蔵庫の物をみんな渡せ」と指示。その後の宴は、さらに盛り上がりました。

4年生の初夏、私は卒業後、大学進学を考え、先生に相談。先生は、私の話を静かに聞いて、「安田、大学は、そこで何もしなくても行く価値がある。よく決断した」と、微笑んで話されました。

そして、「実は、お前に相応しい、小さな船会社をお前の就職先に決めていた。誠に残念だ」。「そうか、安田が大学に行くか、今日はめでたい。よし、今日はお祝いで呑もう」と嬉しそうに話され、痛飲しました。

また、先生は毎朝5時に和服を着て、海沿いの大島商船海岸通りを懐手し、海を眺めながら散策。

ある呑み会で、そのことを先生にお話したら、「安田、そうか、毎日見てくれていたか」と大変喜ばれました。和服姿に懐手の散策が、とても似合い格好良かった。それ以降、和服を着ての朝の散策、これは私の小さな夢になりました。

また、3年生の時に人生に悩み、先生を訪問。「私も色々と考え悩んで日々を過ごしている。それ自体はとてもよい事に思う。私は、勝一郎から学んでいる」と、亀井勝一郎を奨めていただきました。

先生は、私が卒業して数年後、50歳過ぎ癌で亡くなりました。先生の年を超えた今、先生の魅力の足下にも及びません。

先生と一緒に過ごした短くて濃い日々。それらの日々は、私の脳裏に今までも、今も、これからも鮮明に残り、一生忘れません。「先生の魅力、人の魅力って何だろう」と時々思います。

大島商船の「ヤンチャ坊主」が先生に会うと「心身ともに姿勢を正す」。これは、先生が、全ての「ヤンチャ坊主」の事を親身に考えていたからです。私が例外ではありません。

これは簡単なようでそうではありません。誰に対しても誠実で、愛嬌があるというのは、魅力の要素かもしれません。凄い先生、出会いに感謝です。

「♪函館山の いただきで ♩七つの星も 呼んでいる ♫そんな気がして きてみたが♩  灯りさざめく ♬松風町は 君の噂も きえはてて ♪沖の潮風 こころにしみる」

帰宅前に時々立ち寄る小さな食料品店、何時も有線放送で昭和の歌謡曲が流れています。一昨日は、「函館の女」。そして、作詞された星野先生を思い出し、大島商船や針本先生との日々が蘇りました。

こんな出会いや思い出、人の魅力等を次世代の人にも伝えたいとフト思います。

写真は、学生時代にお世話になった練習船大島丸

『光が出る人』(平澤 興 一日一言)

「私は誰もが見てびっくりするような偉大さというのは、実はさほどたいしたものではないと思うのであります」。

「ちょっと見るとたいしたことない、いっこうに偉そうにも見えないけれども何かことがあると、そのたびごとに光が出るような人、そういう人が本当に偉いのではないかと思うのであります」。

針本先生は、「光が出る人」に思います。