2021-06-29

『そっくりな虫の「けんか」』、「サロン」

気がつくと今、ニイニイゼミが鳴いています。セミを追いかけた子供の頃を思い出します。島根の私の田舎では、初夏からニイニイゼミ、アブラゼミ、ツクツクホウシ、クマゼミの順に鳴き始めます。

そして、8月15日、お盆過ぎには、「カナカナカナカナ」と、もの悲しく鳴くヒグラシ、最後に鳴くセミ。ヒグラシが鳴き始めると夏休みが終わりに近づき、今年も夏休みが終わる、と寂しく思いました。

先週は、「学びのサロン」、『博士が愛したジミな昆虫』、2回目。第一章『すみわけ、食べわけ、サバイバル』の『そっくりな虫どうしのジミな「けんか」』。これは、8項目より構成。


まずは、「1.ケンカの生態学」。「異なる種類どうしが出会ったときに何が起きるのか。その結末はどうなるのか。2種のそっくりなテントウムシ、ナミテントウとクリサキテントウのすみわけの謎に迫ります」。

「2.強いテントウムシと弱いテントウムシ」では、「ナミは、多くの植物のアブラムシを捕食。クリサキは松の木のアブラムシのみ捕食。松にこだわるクリサキは、ナミと一緒だと都合の良くないことがある。ケンカに弱い」。

そして、「3.じつは何でも食べられる?スペシャリストの餌メニュー」。「「強い・弱い」は、餌をつかまえて成長する能力。ナミとクリサキの餌選好性に差はない」、に続きます。

次に、「4.ケンカの正体は、オスのちょっかい?」。本章の核心。「よく似た種は、種間の交尾が発生。求愛の「ちょっかい」がケンカの正体かも?」を紹介。

さらに、「5.交尾するかしないか、運命の分かれ道」では、「クリサキのメスはナミが多い処では、クリサキのオスとの交尾機会が減少する」に触れる。

次の「6.どうすればケンカをさけられる?引き際のテクニック」では、「クリサキ成虫は、アブラムシが少なくナミ成虫が飛来しない松に飛来し、そのアブラムシを餌とし、ナミとのケンカを回避する」について紹介。

さらに、「7.ケンカ相手がいなければ」では、「北海道は、ナミが、本州は、ナミとクリサキが、南西諸島は、クリサキが生息。「ナミのいない南西諸島では、クリサキは松以外の植物にも飛来している」の仮説を検証」。

「8.さいごに」では、「類似種の餌や分布が異なれば、その背景に「ケンカ」が存在。クリサキがナミと類似した植物で共存しないのは、ナミ雄の「ちょっかい」が繁殖に影響」と結論。

今年度の「学びのサロン」は、20代から70代までの老若男女の皆さんが参加。年齢の巾が広いと多様な学びに繋がるように思います。

当日のサロンで出た意見等の一部を紹介します。「千歳山にテントウムシの集団がいたのを発見した。これは何のための集団なのだろう」。

「鳥が好きでバードウオッチングを楽しんでいる。アカハツルやコウノトリが庄内へ飛来したのを観察に行った。トキの再生番組をTVで観て、再生までには多くの人々の協力が必要であるのを感じた」。

「生態系を維持することはとても重要に思う」。「ベダリアテントウでイセリアカイガラムシを防除することを学んだが、その防除にかかった年数はどのくらいだろう」。

「農薬の問題について学んだが、農薬はあるのがよいのか」。「多様な生物が生息する風景は、私達の生活に潤いを与える。そのような風景を維持したい」。

「一つが明らかにされれば、それに関係する多くの問題も明らかになり、全てを明らかにするのは大変に思う」。今回も多くの貴重な意見をもらい、色々と学びの多いサロンでした。参加者の皆さんに感謝です。

『学問は無限』(平澤 興 一日一言)

「一つの発見はむしろ無数の疑問を起こさしめるものでありまして、この意味では学問は無限に深いと言ってもよいでありましょう」。

『学問は無限』、学問は奥が深いのを感じます。

2021-06-27

小さな幸せ、『たのしみは』

『たのしみは 草のいほりの筵(むしろ)敷(しき) ひとりこゝろを 靜めをる時』

福井生まれの幕末の歌人、橘 曙覧(あけみ)の『獨樂吟(どくらくぎん)』。「たのしみは」で始まる歌集です。ホノボノとした「たのしみ」が伝わって来ます。私の好きな歌集の一つ。

「趣味の農業」を楽しみ、片道2時間のバス通勤。放送大学山形学習センター(SC)で職員の皆さんと楽しく一仕事。そして、2時間バスに揺られ、星を見ながら我が家へ直行。

帰宅後、書斎で40度のウイスキーをお猪口に入れ、一気に「キュッ」と、呑み干す。この一杯、最高です。

40度の液体が、ノドからスーッと体内に染み渡る。そして、一服、ひとりの時間。「ひとりこゝろを 靜めをる時」、「小さな幸せ」を感じるひと時です。

唐突ですが、最近の私周辺「小さな幸せ」を幾つか紹介します。

「放送大学を紹介するため関係機関を訪問し、訪問相手の方と四方山話が弾む時」。「山形SCでの「学びのサロン」や「人間学の学び」で、有志の皆さんと楽しく話をする時」。

「毎朝、朝取り野菜を収穫し、朝の農業で元気に汗をかき、椅子に座って作物の生育を見ながらボーッと一服する時」。「週一度、テニススクールで爽やかな汗をかき、無心でヘトヘトになる時」。

「我が家で週2回、月曜日と金曜日限定の晩酌、チビリ、チビリと一杯やる時」。「一家団欒、家族で四方山話をしながら夕食をいただく時」。

『たのしみは 妻子(めこ)むつまじくうちつどひ 頭(かしら)ならべて 物をくふ時』。同感です。

我が家では、ここ数年、私と5人の子供達が車で2泊3日の『父さんと子供達の春の旅』を実施。訪問地での夕食、皆で居酒屋に行き、食べたい料理を注文。子供達は「美味しいね、美味しいね」と食します。

『たのしみは まれに魚煮て兒等(こら)皆が うましうましと いひて食ふ時』。「小さな幸せ」を感じます。

「幸せって何だろう」と、ふと思います。日常の「小さな幸せ」に出会う。幸せって日常の小さな「たのしみ」に出会うことかと今、思います。

これからも「小さな幸せ」に多く出会い、二度ない人生『たのしみ』を感じます。

『父親の役割』(安岡正篤 一日一言)

「人間はやはり、良心・霊性・魂にひびかなければ、何事も真の解決は出来ないのであります」。

「然(しか)もそういう純な心は、もう二つ三つの幼児の頃から、子供は本能的に鋭敏に受け取ることが出来る」。

「だから子供は言説で教えるよりも、情的に感じ取らせることの方が大事なのです。親父は千言万言を費やして説教するよりも、黙って子供に見せることであります」。

『父親の役割』、「黙って子供に見せることであります」。なるほどなー、と思います。

2021-06-25

ブロック会議開催、会議の思い出

「The meeting was poorly organized!!(議長がお粗末で無駄な会議だった)」。今から25年前、留学先の英国ノーリッジお世話になった研究室のボスが、会議から帰っての一言。怒り心頭の顔でした。


ボスの心境、よく分かります。私も大学内の会議、全国の会議、自治体の会議、専門家の会議等々、数多くの会議に構成員や委員及び座長や議長、会長として出席しました。

議長や座長の能力や人柄で、迅速で実り多い会議にもなれば、時間だけ経過して全く何も決まらない会議もあります。後者の会議に遭遇すると英国のボスと同じく腹が立ったのを覚えています。

議長として会議を運営するには、周到な準備が必要で多くの参加者から意見や知恵を貰い実りがあることも重要に思います。

放送大学には、年2回全国所長会議と年3回北海道・東北ブロック連絡会議があります。

先日は、本年度第1回ブロック会議が開催、当番学習センター(SC)所長が議長。さすがに所長の皆さんは、大学での管理職経験者、会議の進行は上手。

今回のブロック会議では、来年度の「連携面接授業」の共通テーマも議題の一つ。

放送大学では、放送授業、オンライン授業、面接授業の3つの授業。この面接授業には、ブロックで共通テーマを設定し実施する「北海道・東北ブロック連携面接授業」があります。

今年度の共通テーマは、「生きものたちと人の暮らし」。山形SCでは、加茂水族館での現地実習を含む授業「クラゲを始めとする海辺の生きもの」を7月10日、11日に開講予定。楽しみです。

ブロック会議では、各SCの情報交換も重要な目的の一つ。当ブロックは、学生数3000人以上の北海道SCや約1800人の宮城SC等大規模SCや、山形SCのように517人の小規模SCもあります。

また、山形SCは、山形駅西口霞城セントラル10階にありますが、他のSCは全て大学構内にあるのも相違。

このような相違はありますが、いずれのSCもコロナ禍での運営、苦労は類似しています。他SCのコロナ対応は、貴重な情報で色々と学びました。

多くの会議では、夕方の情報交換会で、さらなる多面的な情報を入手できます。コロナ禍の今、会議がZOOM開催で、情報交換会がないのが、全ての所長の残念な思い。

「次回は、是非、情報交換会も含めた会議運営をしたい」、とは次回の開催地、所長の挨拶。期待します。

貴重な情報を頂いた所長の皆さんや会議を迅速に運営して頂いた当番SC所長に感謝です。

ブロック会議出席から、かつての色々な会議を思い出しました。放送大学は、会議数が少なく有り難い。会議に出席して「良い会議だったな」、と思う会議は少ないです。会議の運営、簡単なようでそうでもありません。

『多岐亡羊(たきぼうよう)』(安岡正篤 一日一言)

「多岐亡羊ということがある。これは羊を飼っておった人が羊を逃がした。そこで慌てて追いかけた。隣り近所の人も一緒になって追っかけてくれたが、あんまり枝路が多い。いわゆる多岐である」。

「多岐が多くって、あっちへ行ったこっちへ行ったと言っているうちに、どこかに行っちまってわからなくなった」。

「人間もそういうもので、あんまり仕事が多くなると、肝腎なものがどこに行ってしまったかわからないようになる」。

「人間というものの本質、人間の使命、人間の幸福、そういったものがわからなくなってしまうのである」。

なるほどな、と思います。『多岐亡羊』、心に留めます。

2021-06-23

小中学校訪問、「♪仰げば尊し♩」

「♪仰げば 尊し 我が師の恩♫ 教の庭にも はや幾年♬ 思えば いと疾し この年月♫ 今こそ 別れめ いざさらば♪」。昭和40年代、島根の田舎。小学校、中学校の卒業式、最後は「仰げば尊し」。何時も涙腺が緩みました。

先週は、鶴岡市立の小学校や中学校を訪問し、校長先生に放送大学を紹介し、校長先生から教育現場の現況の一端を教授。「仰げば尊し」が、浮かんで来ました。

放送大学は今、2学期生募集開始。出願受付期間は、6月10日から9月14日。山形県では、40名の教員の方々が、放送大学の学生です。職業別学生数は、会社員等が82名で第1位、教員は4番目。

校長先生には、「キャリアアップを目指す教員のみなさまへ」の資料で資格取得等を紹介。放送大学では、教育現場の必要に応じた教育プログラムも作成。例えば、小中高のプログラミング教育。

平成21年度から「教員免許更新制」が導入され、教員は10年毎に「教員免許更新」が必須。

「この制度は、その時々で求められる教員として必要な資質能力が保持されるよう、定期的に最新の知識技能を身に付けることで、教員が自信と誇りを持って教壇に立ち、社会の尊敬と信頼を得ることが目的」。

放送大学は、「教員免許更新講習」も実施し、毎年、この「更新講習」を活用される教員数は増加の傾向です。

さらに、「放送大学で学ぼう」「セカンドキャリアを考える」の資料で放送大学活用方法の一端を紹介。


校長先生からは、「英語やコンピューター等の新たな教育により教員が学ぶことが多く、ユトリや余裕が少ない」。「退職された教員の活用をお願いしたいが、免許を更新していない等、今の法律下、活用は迅速に進まない」。「子供達には知識や技能も必要だが、情緒や人間力も重要だと思う」等の情報を頂きました。

小中学校訪問、とても貴重な勉強。有益な情報を頂いた校長先生に感謝です。

「♪互に睦し 日ごろの恩♫ 別るる後にも やよ 忘るな♬ 身を立て 名をあげ やよ 励めよ♫  今こそ 別れめ いざさらば♪」。

「♪仰げば尊し♩」。1884年(明治17年)に発表された日本の唱歌。故郷の小学校や中学校を思い出すと必ず「♪仰げば尊し♩」が浮かびます。昭和の子供です。

一昨日は、夏至。これから少しずつ日が短くなります。来週から7月、「光陰矢のごとし」。今年も残すところ半年、元気に爽やかに生ききりたいですね。

『一流の人は明るい』(平澤 興 一日一言)

「頂点に立っておる人は、いかにも会って明るい。こちらが窮屈を感じるような偉さというものは、第一級の偉さではないのではないかと思います」。

今回、お会いした校長先生。多くの方が明るく爽やかでした。『明るい』、人の徳性として重要です。明るくありたいと思います。

2021-06-21

「国際交流」とその思い出

8年前、ベトナム国家農業大学の山形大サテライトで女子学生に会った時、「Japanese Spirit(日本精神)を学ぶために山形大に留学したい」と言われました。その一言が鮮明に記憶に残っています。

昨年3月までお世話になった山形大、最後の8年半、国際交流も担当。ベトナム等7つの新興国に山形大サテライトを立ち上げ、そこへ学生を派遣し現地学生に日本語等を教授する「学生大使派遣事業」を開始。


さらに、日本学術振興会の競争的事業「大学の世界展開力事業」等々への申請と採択後の立ち上げ。国際交流に関して楽しい思い出が、蘇ります。

今年4月初め、放送大学新学長から「放送大学国際交流委員」の依頼。何故、私に白羽の矢が当たったか不明ですが「NOと言えない日本人」、「快諾」。

先日、その第1回委員会がネットで開催。放送大学の国際交流の一端を学習。

国立大学等では、2020年度までに「留学生受け入れ30万人計画」の一端を担っていました。それに関連し、各大学は学生数の5%の留学生獲得が目標の一つ。留学生受け入れ、関係各位から知恵を頂きました。

放送大学は、今のところ、留学生受け入れに力点は置かれてなく、これは、他大学との相違点。今後の会議では、放送大学国際交流の立ち位置も考えながら、国際交流に必要な意見を述べる予定。

かつて、山形大顧問会議で「国際人と国際性」との題で簡単に山形大の国際交流を紹介。その時、山形大顧問で免疫学の世界的権威、滞米35年、米国免疫学会長も務められた故石坂公成先生の一言を鮮明に記憶。

「安田さん、国際性とは spiritual なものです」。今でも、先生が「spiritual」をどのような意味で使われたか、理解していませんが、それが時々頭に浮かびます。

「国際交流」を考えると、石坂先生の一言「spiritual」を思い出します。先生の『我々の歩いて来た道』、「あとがき」、一部抜粋を紹介します。

「私は大学を出てから引退するまでの47年間のうち、35年は米国に住んでいたわけである」。

「日本の社会に帰ってきて感ずることは、多くの日本人は、自分と肝胆相照らす人は、日本在住の日本人の中でしか得られないと思っていることである」。

「私の経験からは、これは間違いである。心を通わせることのできる人、100%信用して一緒に仕事ができる人たちは、人種を問わず、どこにでもいるものだということが分かっていただけたら幸いである」。

私も多くはありませんが、海外の「心友」がいて、石坂先生のご意見に共感します。

放送大学「国際交流委員会」に出席し、「国際交流」とその楽しい思い出が浮かんで来ました。コロナが収まれば、海外の「心友」に会いたいと思います。

『国際性を身につける』(平澤 興 一日一言)

「国際人であるとか、世界人であるとかいうことは、ややもすると誤解されるように中性的の人間になることではなく、むしろそれぞれの特長を十分に活かしながら、国際的意識を持って行動することであります」。

「International は特長ある Nations があり、その上に立ってこそ初めて望ましい国際性が生まれるのであって、自らの個性をすててわけの分からぬようなものまねだけでは真の意味での国際性は生まれません」。

「国際性を身につけるには、まず「汝自身を知れ」ということになりましょう。我々は正しい意味で日本人としての特性を持ち得てこそ初めて、尊敬される国際人たり得ると思うのであります」。

『国際性を身につける』。「汝自身を知れ」、そう思います。写真は、海外の「心友」と英国、ケンブリッジ大学の知り合いを訪問した時の一葉。

2021-06-19

週一夜の楽しみ、「無心」のテニス

「人生は、心一つの置きどころ」、中村天風先生の『天風哲学』の一つの重要な教え。

「人間の心で行う思い方、考え方が、人生の一切を良くもし、悪くもする、というのが人生支配の根本原則である」。

「思い方や考え方が積極的であれば、積極的なものが出来、消極的なら消極的なものが出来る。何事においても、そのときの心の状態が、成功を生み、また失敗に追いやる」。

この『天風哲学』では、「無心」になる重要性も強調。しかし「無心」になり、心を休めることは簡単ではありません。

週一夜の楽しみ、テニススクール。この90分だけは、「つまらないことに気を散らすことなく」、全く「無心」でボールを追いかける。気持ち良く楽しい90分。

先日のレッスンは、我がクラスの3名と他のクラスからの3名。他のクラスからの参加者、20歳代の「ユニクロ君」、30歳代の「穏やかさん」、60歳代の「熟練さん」。3人は、何れも鶴岡市や酒田市のテニス大会の常連で顔なじみ。レッスン開始前から話が弾んでいました。

新参者3名、さすがテニス大会の常連だけあって、「テニスがウマイ」。「ユニクロ君」は、我が故郷、島根の有名人、元テニス世界ランク4位の錦織圭選手が着ている「ユニクロ」ウエアー着用。

「ユニクロ君」、背は私より低いけどトップスピンの効いた凄い速さのボールを打ちまくり。コーチもそのボールに押され気味。コートを2面使い、対角線でのストローク練習。休みなく6名が場所を移動して練習。

コーチが打ち負けている「ユニクロ君」と当たれば、ストロークは続かないと思いました。私と「ユニクロ君」との打ち合いが始まり、続かないと思ったストローク、結構ハードなラリーが継続。

時々、私のパワーボールがベースラインに決まると「ユニクロ君」のボールがネットにかかる。

打ち合っているときには、考える余裕はなく、打ち負けないように「無心」でボールを打ち返す。

レッスン終了後、何故、「ユニクロ君」とラリーが続いたのか思索。「ユニクロ君」からは、スピンの力強いボールが返球されますが、ウマイので、私が余り動かなくても打てる範囲内に返球。

ボールの着地地点が割と一定し、私が打つときにリズムが出来る。このリズムがラリーの継続要因と感じました。

「リズム」は、我々の日常生活でも重要に思います。例えば、日本語の随筆や英語論文、文章にリズムがあると読み易く、頭に入り易い。

一日の生活でもリズムのある生活を過ごすと、一日が快適に過ごせます。

「ユニクロ君」とのラリーからリズムの重要性を再認識。リズムを持って爽やかに生活したいと思います。「ユニクロ君」に感謝。

『身心摂養法(しんじんせつようほう)』(安岡正篤 一日一言)

「身心摂養法の第一着手は、心を養うことです。心を養うには「無欲」が一番善いと古人が教えて居ります」。

「これを誤って我われが何にも欲しないことと寒巖枯木(かんがんこぼく)的に解しては、とんでもないことです。それならば死んでしまうのが一番手っ取り早い。ぼけてしまうのも好いことになる」。

「そういうことを無心とか無欲とか言うのではない。それは我われの精神が向上の一路を精進する純一無雑の状態を言うので、平たく言えばつまらぬことに気を散らさぬことです」。

「心を養い、つまらぬことに気を散らさない」。『身心摂養法』、重要に思います。

2021-06-17

荒地を開墾して藍畑、家族共同作業の思い出

明治の初めに3000人の武士が300haの荒野を開墾してできた、我が松ヶ岡。20歳前後の開墾士の顔つきは、今の若い人の顔つきと違います。


開墾した畑地も作物を植えずに放置すると荒地です。我が家も荒地あり。先日の日曜日、私、家内、長女、中二の次男、忠犬クニオの4人と一匹で、荒地の開墾作業。

長女が今年、「藍染」の藍を栽培する予定で、その畑作りの開墾。久しぶりの家族共同作業、良い汗でした。


50年以上前の昭和40年代前半、私が生まれ育った島根の山間部の我が家、家族の共同作業は、ごく普通でした。我が家は、国道から石段で200段くらい上がった高台。例えば、秋には、風呂で焚く石炭を背負子(しょいこ)に入れ、国道から200段の石段を上り何十回も往復。

また、石段が雨などで崩れるので、それをコンクリートにする作業。江の川から砂と砂利を採取して、コンクリートを作り石段に流し込む。我が家から江の川まで1.5キロ、そこを何十回も往復してのコンクリートの石段作り。

そして、春休みは、毎年恒例のジャガイモの植え付け。その他、諸々の仕事。

この仕事は父親や祖父、3人の兄弟での共同作業。この共同作業を通じ、色々なことも学びました。例えば、家族が楽しく仕事ができるような配慮をする父親の労務管理(?)の上手さ。

明治生まれで一徹な大工の棟梁、祖父の段取りの巧みさと仕事の凄さ。明治の職人の生き方の一端も学習。

共同作業を通じ、何時もは感じない祖父や父親の多面的な能力を知り、子ども心に感心しました。

時には、家族での共同作業、必要に思います。藍畑の開墾から、昭和の故郷での家族作業を思い出しました。写真は、故郷の春日神社、夜通し舞われる秋祭りの石見神楽。

『時務』(安岡正篤:一日一言)

「事務のほうは基礎さえあれば、多分に機械的に済むことであるが、時務のほうは、時という文字が示す通り、その時・その場・その問題に対して、その人間がいかに為すべきかという活きた問題である」。

「それゆえ、どうしてもその根本にその人の教養・信念、識見、器量というものが大切になってくる。教養や識見がなければ真実は見抜けない。それには多くの学問を学ばなければならない」。

『時務』、重要に思います。「老いて学べば、死して朽ちず」、生涯を通した学問の継続、必要に思います。

2021-06-15

「花一輪、微笑みをあなたに」

記憶に残りやすい、残りにくいは、何で決まるのかな、とフト思います。試験前に頭に詰め込んだ知識は、すぐに消え去り、何気ない経験が鮮明に記憶されることもあります。

今から50年前、商船高専1年生の5月、練習船大島丸で2泊3日、江田島「青年の家」への研修。その時、「青年の家」の壁に「君見よ、双眼の色、語らざるは、憂いなきに似たり」の文字を発見。今でも記憶にあります。

同じく「花一輪、微笑みをあなたに」の言葉は、何気なく入った瀬戸物屋さんの一輪挿しコーナーに記され文字。それからずっとこの言葉は、記憶に残っています。

「花一輪、微笑みをあなたに」、何となく好きな言葉。毎朝、通る山形駅コンコースに「生け花」があります。2週間に一度くらいの頻度で新たな「生け花」に交換。毎日「生け花から、微笑み」を貰っています。

我が家の庭は今、バラが見頃です。バラ、トゲがあり草刈りには難儀しますが、花は綺麗です。

畑には作物を植えると考えていましたが、家族から提案があり、昨年から畑に花も植えています。

畑仕事の合間に畑の花を眺めると作物から得られる元気とは異なる元気を貰えます。畑の花、良いです。今年もナスの株間にローズマリーを植えました。花が咲くのが楽しみ。

一方、路地のイチゴ畑には今、昨年植えたヒマワリが侵入。ヒマワリの陰でイチゴ、頑張っています。混作(?)。多様性のある我が家の畑、色々と楽しませてくれます。

 「花一輪、微笑みをあなたに」。「微笑み」、大事にしたいと思います。

『憂いが人物をつくる』(安岡正篤 一日一言)

「人間は憂えなければ人物が出来ない。何の心配もなく平々凡々幸福に暮らしたのでは、優という文字の真義からくる“優秀”とはいい難い。憂患を体験し、悩み抜いてきて初めて、人物も余裕も出てくる」。

「君見よ、双眼の色、語らざるは、憂いなきに似たり」、『憂いが人物をつくる』。なるほどな、と思います。