2021-05-30

自然共生水田、色々な思い出

朝の忠犬クニオとの散歩。7年間「無肥料・無農薬・無除草剤」でイネを栽培した田んぼを発見。久しぶりに訪問。2012年から7年間付き合ってくれた田んぼ、懐かしい。本日はその思い出を少し語りましょう。

この自然共生水田の研究は、私の友人が2006年 鶴岡市で「全国トンボサミット」を開催したのがきっかけです。その時の講演者、篤農家の方との貴重な出会いが研究の出発点。

この方は、酒田市で30年以上「無肥料・無農薬・無除草剤」でコメ作り。「コメ作りには、雑草や害虫も含めた生き物の多様性と調和が重要で、生き物と生き物のつながりが必要だ」と話される。

篤農家であり生態学者に思います。探究心が旺盛でお会いすると何時も多くの学びがあります。凄い人。

その方の田んぼを視察しましたが、ヤゴやタニシも含め多様な水辺の生き物が生息。「多様な生き物の役割や自然の調和機構の解明」がライフワークの私には、大変魅力的な研究対象。一気にのめり込みました。

早速、学生諸君や友人と協同研究を開始。研究は3段階で進みました。まず、1)自然共生農法と慣行農法が水田生態系に与える影響の解明(2009-2011)。そして、2)自然共生農法の経過年数が湛水及びイネの生物群集に及ぼす影響の解明 (2012 – 2014)。

最後が、3)タニシが湛水生物及びイネの生育とイネの生物群集に及ぼす影響の解明 (2013 - 2015)。

これらの研究は、8名の学生諸君との協同研究で、4編の修士論文と4編の博士論文となりました。

3番目の研究が、我が家の近くの水田を借用しての実験。3年間の実験の前後を含めて7年間、三筆、三反歩の田んぼとの付き合い。

田植えと稲刈り以外の田んぼの除草、畦の草刈り、朝夕の用水の操作等、田んぼの管理もやりました。色々な発見があり興味深い7年間。田んぼを楽しみ田んぼから多面的に学びました。

農薬等を使う「慣行水田」を無肥料・無農薬・無除草剤の「自然共生水田」に変えると、昆虫やクモ、オタマジャクシ、ハラアカイモリ、シマヘビ、ツバメ、サギ等、生き物の種数が増え、生物多様性が増加。

「慣行水田」では、肥料や農薬等の化学資材の投入で、特定の生物の個体数が増加し、水田の多様性は減少。

一方、「自然共生水田」では、湛水及び地上の生物多様性が増加し、それが生物の調和を保つ機構の一つのようでした。今後は、その調和維持機構の解明が宿題となりました。

「自然共生田んぼ」では、除草剤を使わないので、6月から7月、毎週1回合計8回除草機で除草

ある朝、田んぼの水が全くないのを発見。排水口に大きな穴、ネズミ等が掘った穴。畦は100mあり、その草刈りが大変だったこと、田んぼの多様な生き物観察の面白さ等々、懐かしく思い出します。

色々と学び考え楽しんだ7年間。学生諸君や共同研究者の皆さんに感謝です。

『学べば学ぶほど』(平澤 興 一日一言)

「世の中には、説明のできないような不思議がたくさんあります。全てが科学で解明できるなどということは、間の抜けた科学者の言うことであります」。

「真に科学を、学問を研究した人は、分からないことがだんだん増えてくるということをしみじみ思うものです。学問をして賢くなると思うような学問の仕方は、本当の学問の仕方ではありません」。

「学問をすればするほど、一つ分かれば、十位分からんのが出てきますから、他の人よりは深く知っても、自分として主観的には分からんことの方が、だんだん増えてくるのであります」。

「学問をすればするほど、世の中に当たり前なんてことはなくなり、全てが不思議になるのであります」。

確かに研究すればするほど、分からないところが増えてきます。『学べば学ぶほど』、同感に思います。


2021-05-28

講演会の企画、その思い出

山形学習センターでは、コロナ禍前の一昨年まで山形県内4つの地域、置賜、村山、最上、庄内で講演会を開催。そして、客員教員等による講演と、放送大学を紹介。先日、今年度の講演会の打合せを実施。

この打合せで、これまで30年以上、学会等で行った講演会とその企画を思い出しました。本日は、「講演会の企画、その思い出」を少しご紹介します。

講演会等の企画で多くの聴衆を呼ぶには、テーマと講演者の選択、さらに広報活動が重要です。「言うは易し、行うは難し」。多くの聴衆を呼び満足させるのは、簡単ではありません。

今から約30年前、最初の講演会企画は日本生態学会、「自由集会:生物群集を考える」。ポスドク(博士号取得研究員)として理化学研究所の基礎科学特別研究員の時でした。

私も含み若い研究者3名で10年間毎年企画。講演会と「生物群集を考えるニュースレター」を毎年1回発行。これは総説(オピニオン原稿)とそれへの意見(コメント)、さらには講演会案内の三部作。


また。講演会と懇親会のパック。優秀な研究者と知り合いになり多くを学んだ思い出深い10年間。10年目には、『群集生態学の現在』の書籍も出版。最後の懇親会では「自由集会止めないで続けてください」と、多くの研究者からの要望。嬉しかったです。

次が、日本応用動物昆虫学会(応動昆)で「節足動物群集と総合的害虫管理」の小集会を5年間。これは毎回、海外の著名な研究者の招待講演も含みました。これも5年目に『生物間相互作用と害虫管理』として出版。海外の招待講演者からも楽しく多面的に学びました。

その後、応動昆で「温故知新・昆虫生態学の大先輩から学ぶ」を5回。これは岩波ジュニア新書『博士が愛したジミな昆虫』として出版。

応動昆の小集会は、私より10歳及び、20歳若い研究者と3人での企画。優秀な若手の研究者から多面的に学び刺激を受けました。

昨年3月の定年後も応動昆で「縁尋機妙・昆虫生態学の牽引者から学ぶ」の小集会を企画。今後2年間実施予定。

さらに、2005年、鶴岡で「アブラムシとカイガラムシ生物防除に関する国際シンポジウム」開催。海外から約60名、国内から約40名の参加者。資金集めを学習。参加者がシンポをとても喜んでくれました。企画者冥利に尽きます。嬉しいひと時。海外の多くの友人が協力。友人、有り難い。

2010年、鶴岡で日本昆虫学会第70回全国大会及び、2015年は、山形市で応動昆第59回全国大会、それぞれ大会記念シンポを企画。前者の参加者600名、後者は1000名と参加者が多いのが特徴。学生諸君の協力で成功、感謝です。

このような企画とその後の懇親会で多くの優秀な研究者と知り合いになったのは貴重な財産。運営してくれた学生諸君や講演者等関係各位、聴衆の皆さんに感謝です。

「講演会の企画、その思い出」。かつてを振り返り、色々と挑戦することの楽しさを再認識。出会い、「縁」、重要に思います。

『覚悟と実行』(平澤 興 一日一言)

「長い目で見ると、人生を決するものは、ただその時々の勝負ではなく、生涯をつらぬく覚悟とその実行である」。

「口先だけでなく、真に人生に一つの夢をもち、この夢の実現に燃える情熱を注ぎ、日々の実行を重ねれば、必ずそこに道はある」。

企画した講演会で会った多くの研究者からは、『真に人生に一つの夢をもち、この夢の実現に燃える情熱を注ぎ、日々の実行を重ねる』を感じました。『覚悟と実行』、重要ですね。

2021-05-26

山形市5月23日午後、「突然の人だかり」

ここ山形駅西口霞城セントラル10階、山形学習センターからJRの陸橋に「突然の人だかり」を発見。パトカーも出動。それは、5月23日午後2時30分前。

本日は、この「突然の人だかり」について少しお話しします。

よく見るとビルの屋上も人の山。そして、それらの人々は、空を見上げています。UFOでも出現するのかと私も空を見上げました。しかし、UFOは、発見できません。

山のような人だかり、動く気配なし。何事が起こるのかとしばらく人々の動きを眺めました。

突然、轟音とともに4機編隊のジェット機が白煙をなびかせ出現。そして、サッと飛び去りました。噂に聞く「ブルーインパルス」出現。

「宮城県松島基地航空自衛隊第4航空団第11飛行隊「ブルーインパルス」の展示飛行」。

「東日本大震災時の復旧活動等で、東北地方全体が多大なる支援を頂いた感謝の気持ち」。

「新型コロナウイルス感染症に対し、第一線で対応に当たっている医療従事者への感謝の気持ち」。

「多くの皆さんに「夢・感動」とともに元気を与える」こと等が、今回の「展示飛行」の趣旨。

「東北絆まつり2021山形」でのイベントの一つでした。

「航空自衛隊の存在を多くの人々に知ってもらうために、航空自衛隊の航空祭や国民的な大きな行事等で、華麗なアクロバット飛行(展示飛行)を披露する専門のチーム、それがブルーインパルス」。

「正式名称は、宮城県松島基地の第4航空団に所属する「第11飛行隊」」。

「青と白にカラーリングされた6機の機体が、大空で展開する一糸乱れぬフォーメーション、そしてダイナミックなソロ演技――次から次へ繰り広げられる驚異のパフォーマンスは、初めて観る人にとっては驚きの連続」。

地上は大きな感動と歓喜の声に包まれます。その美しく雄大、華麗にして精密なフライトは、内外から高い評価」。

「ブルーインパルスは、「創造への挑戦」を合言葉に、より多くの人に「夢・感動」を与える展示飛行を続ける」とのこと(ブルーインパルスの紹介、一部抜粋)。

しばしの空中ショーを楽しみ、「夢・感動」頂きました。ブルーインパルスの皆さんに感謝です。また、お会いしたい。

『感激の生活』(安岡正篤 一日一言)

「吾々の一番悪いこと、不健康、早く老いることの原因は、肉体より精神にあります。精神に感激性のなくなることにあります」。

「物に感じなくなる、身辺の雑事、日常の俗務以外に感じなくなる、向上の大事に感激性を有(も)たなくなる、これが一番いけません」。

「無心無欲はそういう感激の生活から来るもので、低俗な雑駁から解脱することに外なりません」。

『感激の生活』、重要ですね。

2021-05-24

『自靖自献』、人間学の学び

「人間学が盛んにならなければ、本当の文化は起こらない。民族も国家も栄えない。これは歴史的真理」と、安岡正篤師は述べる。人間学を学ぶ者が心掛けるべき言葉は、『自靖自献』。

「自靖自献―自ら靖(やす)んじ、自ら献ずる。自ら靖んずるとは、心の平安を保つこと、安心立命することである。自ら献ずるとは、世のため人のために自らを尽くすことである」。これは、安岡師の『書経』の教え。

令和3年度 第1回「『致知』を読み、楽しく人間学を学ぶ会」、5月22日(土)に開催

今回は、2021年2月号 『特集 自靖自献』。昨年10月から始めた「人間学を学ぶ会」、今年度から1名増えてメンバーは、私も含め8名。

これは、『致知』掲載記事を読み、記事から学び、参加者が記事への意見交換を通じ相互に学ぶ、亡形及び忘年の交わり(職業や年齢に関係ない交際)。

毎回、「巻頭の言葉」、藤尾編集長の「特集リード文」、「特集記事」一編を教材に、読後の意見交換。

今回の「巻頭の言葉」は、茶道裏千家前家本、千玄室氏「素晴らしき日本人の創造性」。

『他国の真似をするばかりではなく、代々培ってきたそれぞれの民族が持つ独自性をこれからも引き継いでいかなくてはならない。1)旧制中学時代に読んだ忘れ難い一冊、2)構えをつくることは道の根本』。

参加者からの意見は、「日本には、柔道、剣道、茶道、華道等の「道」の文化がある。このような日本独特の文化は、誇りであり大事にすべきである」。

「千元室氏は、大東亜戦争の特攻隊員として出陣された。このような死を経験された方は、生きるのに真剣である。若い人の読書離れが心配である。読書して考える事が重要に思う」等々。

続いてリード文、「自靖自献―自ら靖(やす)んじ、自ら献ずる」。幾人かの言葉が紹介。

松下幸之助氏は、『人に安心を与えなさい。人に安心を与えることは、君の信頼を築く』。ヘレンケラー女史、『自分に平和をもたらすものは、他ならぬ自分自身なのだ』。

川村百合子さん、『私どもがめざす世界平和も、自分の心から始まらねばなりません。私の安らぎが(身近な親、主人、子ども、隣人、グループ)に伝わり、この私とあなたの心に平和と安らぎの輪が拡がっていくことが、世界平和につながってゆくのです』。

禅の高僧松原泰道師、『仏教の神髄は、上求菩提、下化衆生。上求菩提とは、修養によってどこまでも自分の人間性を高めていくこと。下化衆生とは、その自分をもって少しでも人のために尽くしていくこと』。

「自分の穏やかな気持ちが重要で、それは周囲にも良い影響を与える」。「人のために役立つ生き方、一灯照隅、万灯照国は重要」。「本物を持っている人は、国の東西を問わず生き方が類似している」等々の意見。

最後の特集記事は、榊原記念病院高橋幸宏副院長と円覚寺派横田南嶺管長の対談『7000人の小児の命を救う中で見えてきたもの』。

『1)あらゆる職業に通底する仕事の流儀、2)仕事を愉しむ「緊張しない訓練」、3)“入れ込む”体験を経て、“入れ込まない”境地に至れる、4)「後ろ姿で導く人、さらに貴し」、5)真のチームワークとは何か』。

『6)知識でも手術でも上司に勝つ、7)反省と後悔の違い、8)「馬車馬の如く進め」を忠実に守った修業時代、9)一つのことに全身全霊を以て打ち込む、10)伸びていく人の共通点、それは“使命感”、11)「上求菩提(じょうぐぼだい)、下化衆生(げげしゅじょう)』。

「入れ込まず、肩に力を入れずに生きる生き方は重要」。「大きな仕事をした人、する人は、馬鹿になれた人に思う」。

「人が成長するには、あることを一所懸命に楽しんで続けることが重要ではないか。死ぬまで勉強は必要に思う」。「自分のやりたいこと、なりたいこと等の目標を持って生きることが重要」等々。

致知の記事及び参加者からの意見等、とても勉強になった「人間学の学び」。参加者の皆さんに感謝です。

『六然』(安岡正篤 一日一言)

「自處超然(ちょうぜん):自分自身に関してはいっこう物に囚われないようにする。處人藹然(あいぜん):人に接して相手を楽しませ心地良くさせる」。

「有事斬然(ざんぜん):事があるときはぐずぐずしないで活発にやる。無事澄然(ちょうぜん):事なきときは水のように澄んだ気でおる」。

「得意澹然(たんぜん):得意なときは淡々とあっさりしておる。失意泰然(たいぜん):失意のときは泰然自若としておる」。

「私はこの六然を知って以来、少しでもそうした境地に心身を置きたいものと考えて、それとなく忘れぬように心がけてきたが、実に良い言葉で、まことに平明、しかも我々の日常生活に即して活きている」。

『六然』、何度読んでも心に響きます。大事にしたい箴言です。

2021-05-22

憧れの熱帯、インドネシアの思い出

インドネシア(ネシア)の首都ジャカルタ、スカルノ・ハッタ国際空港に初めて着陸したのは、今から20年前、2002年6月。南国の個性的なターミナルと南国の植物から醸し出される匂いに陶酔。

憧れの南国に到着し、これから4年間の国際共同研究にワクワク。本日は、ネシアでの共同研究や色々な出会い等、思い出を少し紹介します。

今まで国際交流や共同研究等々で約30ヶ国を訪問しました。その中で訪問回数の一番はネシア、約20回。

ネシアでの相手大学は、ガジャマダ大学(UGM)。UGMが位置するジョグジャカルタは、首都のジャカルタから東に飛行機で1時間、ネシアの古都。UGMは、ネシア約3000大学のランキングトップ。


UGMの友人とは、これまで2つの大規模な国際共同研究を現地で実施。一つは、基盤研究A 「熱帯の土壌微生物が植物・植食者・捕食者群集の多様性創出とその維持に及ぼす影響」(2004–2007年)。

2つ目は、基盤研究B 「東南アジアの無農薬・無化学肥料・無除草剤による抵投入環境保全型水稲栽培の確立」(2011–2015年)。

現地でのリーダーは、何時もUGMの友人。氏は、米国で博士号を取得した優秀な研究者。共同研究の会議を上手くリードし、研究に関しても貴重なアイデアを提案してくれました。

また、元林学部長でネシア林務大臣、さらに大統領候補者の友人。鮮明に記憶に残っています。とてもユーモアがありエネルギッシュな研究者。さらに気配りが凄い、よく気がつきます。

外国で多くの研究者と会いましたが、氏のような研究者は稀。一緒にいて楽しく、多くを学びました。

これらの友人は、山形大に招待し、興味深い講演をしてくれました。山形大との国際交流発展の一助。

海外出張では、現地の美味しい食も楽しみです。美味しいネシア料理も思い出の一つ。

日本人の食に合います。焼き鳥のような「サテ」、イカの揚げ物「チミチミ」。チャーハンの「ナシゴレン」、焼きそばの「ミーゴレン」等々。食とビールが進みます。

ネシアの多くの国民はイスラム教徒なのでお酒が制限されますが、熱心に情報収集して探すとビールにありつけます。

また、熱帯では、果物が秀逸です。果物の王様ドリアン、女王マンゴスティン。さらに、パパイヤ、マンゴ、ライチ等々。完熟バナナやパイナップルも絶品。熱帯の果物、堪能しました。

ネシアの思い出、一番はUGMからの留学生と楽しく過ごした研究の日々。私の指導の下、5名が博士号を取得し、UGMも含めたネシアの大学で活躍。

全ての学生諸君が優秀で、土日も休みなく研究に従事。明るく元気で陽気なネシアの留学生。学びと刺激になりました。

奥さんや息子さんと一緒に鶴岡の生活を楽しんだ真面目な男子学生。50ccのバイクで5年間、鶴岡から酒田の田んぼに通って調査し、4年間の国際ワークショップを全て仕切った優秀な女子学生。

実験が上手く進まないと涙を流した切れ者の男子学生。博士課程在学中に父親や婚約者が亡くなった悲しみを克服し、研究を続けた頑張り屋の女子学生。流暢な日本語を使い日本人女性と結婚した心優しい男子学生。色々な出会い。「縁」、有り難いです。

4年前、UGMのあるジョグジャカルタで山形大同窓会ネシア支部会設立総会。多くの卒業生が家族同伴で出席し、山形大時代の話に花が咲きました。とても楽しいひと時。教師冥利に尽きます。

毎年、正月3日は、我が家で留学生と新年会。おせち料理を食し、我が家の子供達と一緒に百人一首「坊主めくり」、トランプ、花札等で遊びました。私は日本酒をチビリ、チビリやりながらのギャラリー。

「憧れの熱帯、インドネシアの思い出」は、尽きません。人生、人と人との出会い。「縁」の重要性を再認識。ネシアの友人達に感謝です。

写真は、ジャカルタ空港、滑走路での一葉。

『明日には明日の風が吹く』(平澤 興 一日一言)

「ほんとうに自己の最善を尽くしてみると、しみじみ人間はそれ以上のことは何もできないことが分かり、文字どおりやれるだけやって、明日は明日にまかせよう、という気持ちになる」。

「すてぜりふではなく、明日には明日の風が吹き、成るようにしか成らぬが、成るようには成るのである」。「明日のことをくよくよと思い煩うよりは、今日一日自己の最善を尽くして、事に当たることである。道はおのずから開ける」。

『明日のことをくよくよと思い煩うよりは、今日一日自己の最善を尽くして、事に当たることである。道はおのずから開ける』、なるほどなー、と思います。心に留めます。

2021-05-20

私の「習いごと」、一周年記念

『NHK文化センター庄内教室』では、教養・文芸、舞踏・健康・ダンス、絵画・書道・カメラ、茶道・いけばな、外国語、手芸・工芸、音楽等々、数多くの「習いごと」があります。

昨年3月末の定年退職後、第二の人生では、ノンビリと「習いごと」を楽しみ、これまで大学での教育・研究・管理運営等と異なった時間を楽しむ予定でした。

「習いごと」の広告も時々一読。本日は、私の「習いごと」を少し紹介します。

昨年6月から始めた「習いごと」は、硬式テニス。一昨日で第184期が終了し、一昨日は、一周年記念。このテニススクールは、1期が約3ヶ月間で8レッスン、1レッスン90分。6月から185期が開始。

最初のクラス、181期のメンバーは、50歳代から60歳代。その後182期からはクラスを変更し、メンバーは40歳前後の「若者クラス」。182期から184期までの3期間は、この「若者クラス」でお世話になっていました。

このクラスは、高校時代に軟式、大学は硬式テニス部の猛者(もさ)、スクールで8年目の熟練者、鶴岡市のテニス大会常連者等々、レベルが高い。

最初数回のレッスン、試合では他のメンバーの足を引っ張る気がしました。少し慣れてくると、皆さん一長一短があり、レッスンを楽しんでいます。

自らのレベルアップには、スポーツでも学業でもレベルが高い集団に入るのが、重要であることを再認識。そこでは、多面的に学べます。

信州大で研究に従事した約30年前、事務職の「師匠」からテニスを教授。

農学部がある伊那市、真冬劇寒の伊那谷の朝は、氷点下5度。4ヶ月間、朝6時から1時間マンツーマンでの朝練。駐車場にラインを描いた野外コートで鍛えられました。

その師匠から「安田さん、テニスはボクシングと違いノックアウトの強烈パンチは不要。相手より一本余分に返すと勝てる」と助言。これは分かりやすく「正解」ですが、助言を守るのは簡単ではありません。

私以外のメンバーは、若いのでパワーテニスが主流。私は、有り余るパワーを抑え、一本余分に返すテニスに専念。

一周年記念、まだ、格好良くラケットが振り抜けるレベルではありませんが、楽しんでいます。

レッスン開始は、午後7時45分。山形での仕事後、高速バスと自家用車を乗り継ぎレッスン開始5分前コートに到着。

90分間、休みなしのレッスン。何も考えずに無心でボールを追う。後半は、息も絶え絶えです。「無心になる」、良いです。

その後、大風呂に入りメンバーと四方山話。我が家に10時着。充実した1日。良い気分です。スポーツの良さ、健康の良さを実感。身体が動かせるのは有り難い。

もう少しレベルアップを目指し、6月から「習いごと」2年目に突入。週一回90分の「習いごと」、楽しみます。優しいコーチと良いメンバーに感謝。

『体得する』(平澤 興 一日一言)

「同じことを絶えず繰り返しておりますと、これは神経学の一つの法則でありますが、難しい仕事でも機械的にできるようになります」。

「スポーツなどもそうでありますが、テニスの逆モーションなども最初は大変難しいのでありますが、絶えず練習をしておれば、事もなくできるようになります」。

「頭の中にはそれを身につけるだけの材料があるのですが、それを身につけるには長年の努力がいります。体得するには、本人があくまでも自分自身で出来るまでやらねばできないのであります」。

「絶えず練習し、体得する」、何事でも重要です。私の「習いごと」、レベルアップには、もっと練習が必要。クニオとの散歩後、ラケットの素振り、楽しみます。

2021-05-18

「気が合う」、米国の友人との交流

 人生では、色々な機会を通じ多くの出会いを経験します。そのような出会いが、家族同士の交流に発展することもあります。私は、これまで9ヶ国の研究者とお互い交流する双方向の国際共同研究を実施。

その中で「最も気が合う」米国の友人をふと思い出しました。そして、「気が合う」って何だろうと思索。

本日は、共同研究の出会いが家族同士のつき合いに発展した、ユタ州立大学の「最も気が合う」友人との交流を少しご紹介します。

今から25年前1996年、ベルギー、ジョンブローでの国際シンポジウムに参加。そのシンポは、野菜等の害虫、アブラムシ天敵研究者の会議。参加者リストにユタ州立大学教授テッドの名前を発見。

私は動物の糞を餌とする甲虫、糞虫群集の研究が博士論文。大学院時代に昆虫群集の優れた研究者の論文を読破。テッドは、草地のバッタ群集で優れた論文を公表。

この国際シンポには、テッドとの生物群集の議論にワクワクして出席。早速、シンポの休憩時間にテッドと生物群集研究の話。熱く盛り上がり、一気に意気投合。「縁」です。

すぐ親しくなり「テッド・ヒロ」とファーストネーム(名前)で呼び合う仲。私の名前は、「ヒロノリ」で、海外の友人は、「ヒロ」と呼びます。

写真は、ユタ州立大学生物学部学部長宅でのバーベキューに、テッド夫妻及び指導学生と参加した一葉。

国際シンポでは、お互いアブラムシの天敵、テントウムシの研究を発表。当時、アジア原産のナナホシやナミテントウが米国に侵入し、この侵入種が米国在来種を減少。しかし、その機構は不明。

早速、この課題を研究する日米共同研究の実施をテッドに打診。二つ返事で了解。日本学術振興会(学振)が日米共同研究事業を公募。私とテッドは、日米の学振にそれぞれ研究を申請し、運よく採択。

そして、4年間の共同研究を開始。テッドと私、それぞれの学生さんが、山形大とユタ州立大を相互に訪問し共同研究を実施。

最初の渡米は20年前、2001年8月中旬から40日間。2名の山形大女子学生とユタ州立大学を訪問。朝5時から夜10時まで研究に没頭。

帰国3日前に全ての実験が終了。テッドが、「ヒロ、帰国3日前に全ての実験が終わったけど、40日で終了する同じ実験を日本でやってきたのか」と質問。「NO」と一言。

これらの研究成果は、国際雑誌8編の共著論文や、日米の学会シンポジウム、それぞれ招待講演として発表。楽しく実り多い40日間。色々と学びました。

写真は、ユタ州立大学があるローガンのパブでのテッドと私の指導学生との食事会。

帰国2週間前、ニューヨーク同時多発テロ9.11.に遭遇。朝、研究室の修士学生が「ヒロ、今朝のTVニュースを見たかい」と質問。「いや」と応えると、「生協のTVを見なよ」と助言。見て驚きました。

家内に電話すると「YBCニュースで「米国に出張中の山形大教員と学生2名の消息が不明」と言っていた。大至急、大学に連絡してください」とのこと、ウウウ。

ニューヨークは、米国の東海岸、ユタ州は、西の州、距離3200キロ。北海道と沖縄の距離。40日間の米国滞在、色々なことがあり、貴重な勉強になりました。

その後、テッドは、何回も山形大に来てくれ、我が家で夕食と日本酒を楽しみました。一度は奥さんと一緒に滞在。さらに息子さんと娘さんも遊びに来て、息子さんはALT(外国語指導助手)として秋田県の中学校で2年間英語教師。家族でつき合っています。

「気が合う」、何が主因かと思います。結論としては、よく分からない。二人の共通項:適度にお酒を愛する。ユーモアを楽しむ。好奇心。割とノンビリしている。研究のテーマが類似し、研究を楽しむ...。

共通項は示せても、主因は、不明です。一緒にいて楽しい、話して楽しい、気楽につき合える等は重要かもしれません。色々な話をしてお互い相互に学べることも必要に思います。

楽しい友と人生の時間を共有、最高です。「気が合う」友人、いいですね。テッドに感謝。

『気力旺盛』(安岡正篤 一日一言)

「気力が旺盛であるということが個人的にも民族的にも最も大事なことで、気力を弱くしてしまったら、教養が多少あろうが、頭脳・知性が優れていようが、技能が発達していようが問題でない」。

「気力というものが一番大事で根本的なものである。日本民族もこの気力を失わなければ、気力が旺盛になれば、いろいろの欠陥は少しも苦にする必要はない」。

「反対にどんな長所があっても、例えば知性だ、技能だ、その他教養があるといっても、気力が旺盛でなければ個人も国家も発展しない」。

いつもニコニコしているテッド、「気力旺盛」な研究者。「気力旺盛」、重要に思います。

2021-05-16

山形SC「学びのサロン」、本格稼働

 大学では、学生が他の学生及び教員とゼミ等を通じた自主的な学びが可能です。私の学生時代や私の研究室での学生諸君の成長を振り返ると、ゼミを通じて成長していました。大学でのゼミ、不可欠に思います。

昨年度、山形学習センター(山形SC)では、客員教員6名の協力で「学びのサロン(ゼミ)」を試行的に実施しました。

写真は、昨日の霞城セントラル10階、山形SCから見た山形市内の一葉。

今年度は、「サロン」本格稼働です。5月から私も含めた7名の教員、「7つのサロン」が稼働。本日は、この「サロン」を少し紹介します。

7つのサロンは、「生活の中の科学を考えてみよう」、「生活を支える福祉用具」、「『歌物語の世界』-『大和物語』と周辺の作品から-」、「心理学研究への招待」、「ドイツ文学の名作を味わう」、「英語でLet’s talk トピックス」、「ジミな昆虫の生き方を通じ研究の面白さを学ぶ」と多様なテーマで構成。

写真は、「サロン」、ドイツ文学作品、「ブレーメンの音楽隊」の一葉です。

また、「サロン」のやり方も多様です。例えば、「学びたいテーマを見つけて、生活の中にある科学について考える」。「福祉用具の定義、種類、効果、使用する際の注意点等を、事例を通じて解説」。

さらに、「歌物語『大和物語』を読む」。「心理学研究の古典から最新の論文を講読し、ディスカッション」。

「ドイツ文学作品の解説及び受講者との意見交換を交えた読解」。「英語でトピックに関する質疑応答とミニディスカッション」等々。

私の「サロン」は、岩波ジュニア新書『博士が愛したジミな昆虫』を輪読し、参加者での意見交換等により「ジミな昆虫の生き方を通じ研究の面白さを学ぶ」ことが主目的です。

「サロン」では、昆虫の不思議に魅せられた老若男女の多様な研究者が、さまざまな昆虫の生き方を通じた学びや、昆虫を材料にして生態学の重要課題を解明しようと挑戦した成果の一端を学びます。

そして、野外で発見した現象を解き明かす仮説を立て、その検証や進化に迫ろうとする研究等、研究の面白さを学ぶのが特徴です。第1回目は、5月28日。

昨年度の「サロン」では、『農学が世界を救う』をテキストに参加者の経験や意見から多面的に学びました。今年度、参加者相互の学びも楽しみです。

「サロン」実施の教員や参加者の皆さんに感謝です。

『陶冶(とうや)する』(安岡正篤 一日一言)

「最高の教育を受けた人間も、その後の自己陶冶を缺(か)いては、立派な人間には成り得ない。ごく劣悪な教育も、自己陶冶によっては、なお改善され得るものである。いかにも人間は陶冶次第です」。

「「陶」というのは、焼き物を造る、「冶」というのは、冶金の冶で、金属を精錬することであります」。

土を粘(ね)り、焼いて、陶器を造る。鉄を鍛えて鉄器を造るようなもので、人間もやはり、焼きを入れ、鍛えるということをやらなければ、ものになりません。いくつになってもそうであります」。

「いくつになっても焼きを入れ、鍛える」、重要に思います。

2021-05-14

今は昔、「昭和の野球少年」

米国プロ野球、大リーグでは今、大谷翔平選手が投打に大活躍。とても嬉しく元気が出るニュースの一つです。怪我に気を付け、「ガンバレ、大谷選手」。

私が小学生の頃、昭和30年代、男の子の最も好きな遊びは、野球。私も野球少年。大谷選手の活躍で、昔が蘇りました。本日は、昔を思い出し、「昭和の野球少年」を少しご紹介します。

野球との付き合いは、小学校入学前、保育所の頃から。保育所では、ボールを転がし、それを打つ「ゴロ野球」。毎日、楽しみました。

小学校に入ると、帰宅後は、毎日、田んぼで草野球。真っ暗になるまでボールを追う。父も勤務先で野球をやり、父とのキャッチボールや試合の応援にも参加。

5年生の時、町内5つの小学校野球大会。放課後は、毎日、野球の練習。3番サードで出場。この大会で優勝。6年生の郡大会、4番サード。郡大会3位で野球との縁、終わりました。

中学校でも野球をやりたかったのですが、田舎の山間の小さな中学校、全校生徒約100名。四角のグランドは、対角線でやっと50m。野球部なし。

プロ野球元近鉄(現オリックス)の梨田捕手。我が郷土の島根、数少ないプロ野球選手。島根県立浜田高校を卒業し、ドラフト2位で近鉄に入団。16年間現役選手として活躍し、近鉄の監督等々。

梨田監督は、私の一年上で誕生日は8月4日と同じ日。もし、中学校で野球がやれたら梨田さんと一緒に野球をやれたかも....。

その後、野球とは、疎遠でしたが、大学に入り体育はソフトボールを選択。その先生、打率、打点、ホームラン、出塁率で採点し成績を算出。

同学年、ソフト選択者には、準硬式野球部、オール関東選抜に選ばれた猛者(もさ)がいました。センターの深い処からホームに矢のようなボールを送球するプロ。

体育の成績、「関東選抜君」を抑えて、私が四冠。それからソフトに火が付きました。3年生の研究室配属後、毎日、昼休みにはソフト。さらに大学院でもソフト三昧(ざんまい)。

大学院では、毎年、約50の研究室対抗トーナメント大会が開催。我が研究室は、ベスト4常連。優勝もあり。毎年、大会の2ヶ月前から研究室午後3時のお茶が終われば、毎日、学生と教員でソフトの練習。打順は4番。

山形大農学部に赴任し、我が研究室、毎水曜日は12時から午後1時までソフトの練習。私が学部長の時、「ソフトボール学部長杯」を創設。2年連続して優勝。24本入りビールケース、いただきました。

ここでも4番。逆転満塁ホームランも思い出の一つ。

中学2年の次男が今、野球に凝っています。父・私・子と三代の野球好き。次男は、秋からピッチャーの可能性もあり。時々、キャッチボール。中学校で野球がやれる次男、少し羨ましくもあります。

親子で一緒の遊び、楽しみの一つです。「昭和の野球少年」、自慢話になり恐縮です。スポーツで爽やかな汗をかく、今までも、今も、これからも重要に思います。これからもスポーツ楽しみます。

『人生信条』(平澤 興 一日一言)

「1.親は、まず、くらしを誠実に。2.子どもには、楽しい勉強を。3.勉強は、よい習慣づくり。4.習慣づくりは、人づくり。5.人づくりは、人生づくり」。

「人生信条」、簡潔ですが本質的なことが記されていると感じます。心に留めたい箴言です。