2024-01-31

新庄市での公開講演会、「ナスカの地上絵」

1月28日新庄市市民プラザで、山形大坂井先生に「世界遺産ナスカの地上絵研究」の演題で講演して頂きました。60名収容の市民プラザホールに多くの参加者、嬉しい限り。本日は、それを少し紹介します。

山形学習センターでは、色々な公開講演会等を実施しています。その目的は、1)多くの方に多面的な学びの場を提供する、2)多くの方に放送大学や山形学習センターの特色等を知ってもらうことです。

今回の講演では、(1)日本調査団が、ナスカで過去20年間に実施してきた研究の振り返り、(2)地上絵の謎が、どこまで解明されたか、(3)今後の課題等が紹介されました。

解明された謎としては、ナスカの地上絵が誰により、何時頃作成されたか。どのような方法で作成され、何故、破壊されずに残ったか。何のために作成されたか等々です。

また、今後の課題としては、地上絵の破壊が進行しているので、その阻止が重要とのこと。

最後に20年間の研究を通じ、多くの学びがあったことを紹介。その一つは「縁」の重要性。

自分一人の力では、出来ることに限りがある。地上絵の研究が進展したのは、山形大がナスカに研究所を設置したことや、多くの国の研究者との共同研究、さらに若い学生諸君の協力等「縁」のお陰である。


講演前に先生と色々と打合せ。まずは、質問時間の有無と、質問時間をとる場合の時間の長さ。先生には、質問時間を10分取るので、3時20分終了でお願い。講演は、3時20分ぴったりに終了。驚き、凄い。

さらに誰かが質問すると、続いて質問が出るが、質問が出ない時もある。その時は、私が質問することを打合せる。しかし、質問は次々に出て、私の出る幕はなし。とても盛況な講演会、先生に感謝です。

私は、ナスカがあるペルーに3回出張。日本・ペルー大学学長会議に学長の代理で先生と出席。メインテーマは、SDGs。各大学のSDGsの取組を紹介し、今後の共同研究について討論。貴重なひと時でした。

写真は、ペルーの首都リマと2018年に開催された学長会議。


坂井先生の公開講演会は、2月4日(日)午後2時から3時30分まで、山形市「遊学館」でも開催。是非ご出席下さい。申込は、電話(023-646-8836)かメール(ymg-sc@ouj.ac.jp)でお願いします。

『世界人』(平澤 興 一日一言)

「世界的になるということは、何も大げさに変わったことをやるということではない」。

「誰よりも我慢ができる人。誰よりも知識を求めてやまない人。そして苦しい時にも、悠然と笑顔でいきられる人。それが私は立派な世界人だと思うのであります」。

『世界人』、学びです。

2024-01-29

『特集 敬、怠に勝てば吉なり』を学ぶ

「敬愛塾」は、約20年前、鶴岡市の現職の小中学校教員が、自己研修することを主たる目的に設立。3年前から教員以外にも門戸を開き今、10名程度で2ヶ月に一回、『月刊誌、致知』の記事を資料に研修。

1月の研修会では、『致知12月号:特集 敬、怠に勝てば吉なり』を資料にJFEHの名誉顧問數土文夫氏と明治大学教授齋藤孝氏の対談、「『実語教』『童子教』に学ぶ:日本人の勤勉精神を育んだもの」を学ぶ。

本日は、1月研修会の学びと『実語教』について、少し紹介します。

対談者の一人齋藤さんは、「致知出版社」から『子どもと声に出して読みたい「実語教」』を出版。

『実語教』は、「平安時代から明治初期まで、1,000年近くにわたって使用されてきた道徳教科書。弘法大師(774~835年)の作とも伝わっているが、作者・著作年代ともに不明」。

「「山高きが故に貴からず」に始まり、実践で得られた知恵の価値を不朽のものとし、学問に励むことの必要性を説く」。

「寺子屋の発達に伴い、江戸時代に盛んに刊行、明治以降近代日本の初等教育においても、この内容の多くが倫理規範として採用され、後世に影響を与えている」。

『実語教』、名前は聞いたことがありましたが、「平安時代から明治初期まで、1,000年近くにわたって使用されてきた道徳教科書」とは知りませんでした。

『子どもと声に出して読みたい「実語教」』の「まえがき」に『実語教』について少し紹介されています。

「子供用の教科書として、1,000年近く読み継がれてきた『実語教』は、寺子屋が普及した江戸時代に至り、日本中の子供がその教えに浴したと伝わるほど、身近な存在として大切に学ばれてきた」。

「そこに説かれている内容は「学問の大切さ」や「親・兄弟・目上の人へ礼儀」など、いずれも人生の指針となる大切な教えばかり」。

今回の対談では、『実語教』の教えについても紹介されています。いくつか記します。

「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり。されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとに由(より)て出来るものなり」。

「習い読むといえども復せざれば、只隣の財(たから)を計(かぞ)うるがごとし(勉強をするのも本を読むのも、繰り返しやらなければ、ただ隣の家の財産を数えるようなものだ)」。

「山高きが故に貴からずや。樹有るを以(もっ)て貴しとなす(山は高いからといって価値があるわけではない。そこに樹があって価値が出てくる)」。

「人肥(こえ)たるが故に貴からず。智有るを以て貴しとする(人は太ってふくよかであるといって立派なのではない。智恵があるからこそ立派な人といえる)」。

「これ学問の始め、身終るまで忘失することなかれ」。「玉磨かざれば光無し。光無きを石瓦とす。人学ばざれば智無し、智無きを愚人とす」。

「善を修する者は福を蒙(こうむ)る。たとえば、響の音に応ずるが如し。悪を好む者は禍いを招く。あたかも身に陰の随うが如し(善い行いをする人には幸福が訪れる。例えば、山にこだまが跳ね返るようなもの。悪事を好む人は禍をまねく。例えば、何時も自分の体に陰がついて回るようなもの)」。

平安時代から1000年、寺子屋で子供達が『実語教』で「生き方」の基本を学ぶ。凄いことに思います。

「江戸末期、江戸市民の識字率は68%で、ロンドンの18%、パリの9%と比べても群を抜いて高かった。そこには当然、『実語教』の果たした役割は大きかった」とのこと。なるほどな、と思います。

研修会の最後は、出席者による意見交換、その一部を紹介します。

「『実語教』のような「生き方」の基本を子供の頃に学ぶのはとても重要に思う。今、小学校では英語やコンピュータ等、昔に比較すると学ぶことが多い。学ぶことの精選が必要に感じる」。

「これまでの自分の学校時代を振り返ると教師と生徒の人格的な触れ合いが重要であったと感じる。これからの学校教育をどうするのか」。

「これからの学校教育の一つは、教えることを精選し、週に一度は『実語教』を学ぶことに思う」。

「かつては、祖父母から生き方の智恵を学んだ。今は核家族でそのような学びは薄れている。残念だ」。

「2ヶ月に一度の「研修会」に出席して、『致知』に学び、出席者との意見及び情報交換に学ぶ。この刺激と学びのひと時は、幸せを感じる時である」。

2ヶ月に一度の「研修会」、刺激と学びを感じ楽しいひと時です。出席者の皆さんに感謝です。

『晩年』(安岡正篤 一日一言)

「冬になれば、「木落ち水尽き千崖(せんがい)枯れて、迥然(けいぜん)眞吾(しんご)が現れる」ように、人間も年寄るに随って、容色は衰え、矯飾は廃れて、その人の真実我が掩(おお)うところなく現れてくる」。

「『菜根譚』にも「人を看るには只後半截(こうはんせつ)を看よ」という古語を、引いているが、誠に人の晩年は一生の総決算期で、その人の真価の定まる時である」。

これからの晩年、活き活きと楽しく生きたいと思います。

2024-01-27

我が家に「メダカ」がやって来た

我が家にメダカがやって来ました。本日は、メダカについて少し記します。

子供の頃、故郷の江の川でメダカ取り。手拭いを広げて浅瀬にいるメダカをすくい取る。簡単に取れる。

我が家の子供達が小さい時、島根の故郷に一緒に帰省し、子供を川に連れて行きメダカ取りを教える。彼らは、とても夢中になりメダカを取った。今も昔も子供が面白いと感じることは、同じと思う。

何故今、我が家にメダカがやって来たのか。それは、今年4月からの放送大学学生さんの卒論指導に起因。4月から卒論指導を開始することになり、そのためにメダカを購入。


卒論は、在来のクロメダカと人為交雑種の多様なメダカとの種間関係を明らかにするのが目的。

放送大学の学生さんは、働きながら学んでいる人が多い。当該学生さんも仕事をしながらの学び。

調査や実験等の卒業研究に費やす時間は、限定され僅か。今回の卒論は、生物実験の延長線の位置づけ。

指導するには、私もメダカに馴染でいた方が、指導しやすいと考え購入。

メダカを購入するだけでは、飼育は上手く行かない。家内に頼んでメダカと飼育必需品を購入。メダカ飼育「7つ道具」。餌、カルキ抜き、メダカ育成ソイル、水クサ、水、餌やり小道具、飼育容器。

先日の「花金」、メダカの行動を観察しながら日本酒をチビリチビリ遣る。他のメダカを追いかける、さらに、他の個体へのツツキもある。色々な行動が目の前で観察され面白い。盃が進む。

我が家は皆、生き物好き。台所の食台に置いてあるメダカは今、家族の注目の的。メダカを購入して以来、帰宅後の私の第一声は、「メダカは、元気か?」。

メダカのいる日常、北国の長い冬にホノボノとした温もりを与えてくれる。メダカに感謝。

『勝縁を結ぶ』(安岡正篤:一日一言)

「平生からおよそ善い物・善い人・善い教・善い書物、何でも善いもの・勝れているもの・尊いものには、できるだけ縁を結んでおくことです。これを勝縁といい、善縁といいます」。

「とにかく、折角善い人に会い、善い書を見、善い話の席につらなりながら、キョトンとしたり、欠伸をしたり、そっぽを向いたりしている人間はだめであります。うつけ者です」。

「大体そういう人間なら、諸君は決して事を共にしてはいけない。そういう人間を友にしてはいけない」。

「むしろ何でもないようなことでも、耳を傾けたり、眼を光らせたりする人であったら、何か見どころのある人間なのです」。

「もちろん形骸は眠っておるようでも魂が輝いておる人もおりまして、凡眼ではなかなか見わけがつきません」。

最近、この『勝縁を結ぶ』の重要性を痛感しています。

2024-01-25

『生き物の「居場所」はどう決まるか』を一読

『生き物の「居場所」はどう決まるか』との中公新書が著者謹呈として贈られてきた。本日は、それを少し紹介したい。

著者から、中公新書から本を出版するとの話を聞き、何時出版されるか、とても楽しみにしていた。

本が届き、早速、少し読み始めた。そして、夢中になり、あっと言う間に読了。これは面白い本。そして、とても生態学の学びになる本だ。

本書の目的は、「「天敵不在空間」というニッチと、そのニッチを巡る「繁殖干渉」という新たな競争の解説である」と、著者は述べる。

そして、「この2つの考えに至るまでの、競争やニッチの概念に対する様々な研究の歴史的経緯を紹介すると共に、ニッチを占める「種」とは何か、この本質について根源的な解説を試みる」と記す。

このような「目的」を読むと、門外漢は本書を堅苦しい書に感じるかもしれないが、そうではない。

生態学の研究史が分かり易く紹介され、著者の興味深い研究とその研究史も知れる。それが時には味わい深く記されている。

最近、このような書との出会いはない。引き込まれるように読み終えた。その理由の一つは、かつての生態学研究時代に学んだ研究も分かりやすく紹介され、紹介された研究者の研究履歴等にも触れることに起因する。

また、著者の巧妙な話の展開と絶妙な「筆使い」も、この本に引き込まれる要因だろう。

本書は、7章からなる。まず、「第1章 「種」とは何か」で始まり、「第2章 生き物の居場所ニッチ」、「第3章 ニッチと種間競争」と続く。

そして、「第4章 競争は存在しない」、「第5章 天敵不在空間というニッチ」、「第6章 繁殖干渉という競争」、「終章 たどり来し道」で終わる。

「あとがき」の一部抜粋を記し、本書が何故に興味を引くのか、その一端に触れたい。

「身近で目の当たりに見過ごされている盲点と思われる世界がある。その盲点を主題に執筆中、人々は盲点をどのように捉えていたのかが気になり、歴史を振り返った」。

「本書は生態学の研究史を辿ったような構成になっているが、著者には順序が逆で、それまで教科書や専門書のような2次資料でしか知らなかった世界を、原著論文のような1次資料で読み返した」。

「その結果、第4章 「競争は存在しない」、「第3章 ニッチと種間競争」と辿り、最後は、近代生態学の始祖とも言うべきダーウィン、ラマルク、リンネ、という、生身の人間としては実感できない人物の肉声にまで辿り着いた。それが「第2章 生き物の居場所ニッチ」」。

本書の構成の理由が、今一つ掴めなかったが、「あとがき」を読み、なるほどな、と思う。

「第2章を書き終えてみると、居場所ニッチを占める生き物とは何かが気になった。そこで書いたのが第1章 「「種」とは何か」である。それまでは生態学の研究者である私とは縁のなかった「分類学」という世界であったが、書いているうちに興に乗った」。

専門外の部分を執筆していて、「書いているうちに興に乗った」。これは、今では絶滅危惧種の「学者」のなせるワザに思う。

「そのようにして生物学の歴史を遡ってみた結果、分かったことは、「私は時勢とは関係なく、自分の興味の赴くままの研究をしている」つもりだったのが、「生物学の研究史の中で、大きな流れの渦の中に漂う小舟に乗っているに過ぎない」ことを自覚させられた」。

この「自覚」を感じる研究者も今では、極めて少ない。著者は、希少で極めて優れた研究者に思う。

「本書には様々な研究者が登場し、彼らの代表的な研究が紹介されている。しかし、単にその成果だけでなく、研究に至る動機、研究のプロセス、その結果を受け継いだ新たな研究にも言及した。さらに、等身大の研究者の姿もリアルに描いてみた」。

このような構成も本書が読者を引き付ける重要な要因に思う。本書は、楽しく読め、学びの多い書である。生態学に関心のある人は勿論、そうでない人が読んでも面白く読める。著者に感謝。


『余裕』(安岡正篤 一日一言)

「「千万人と雖も吾往かん」と言った孟子が同時に別面において、「豈綽々余裕有らざらんや」と言って余裕というものを論じておる」。

「こういう乱世になればなるほど、われわれは余裕というものを持たなければならない。余裕があって初めて本当に物を考えることも出来る、本当に行動を起こすことも出来るわけです」。

「殊に善人は神経が細いから、尚更本当の意味の余裕が必要であります」。

『余裕』、重要に思います。

2024-01-23

2024年度受講科目、『認知症と生きる』

これまでの放送大学授業では、4年間毎学期1科目受講。英語3科目、文学2科目、スポーツ1科目、社会と産業1科目。さて、来年度、2024年度1学期受講科目は、『認知症と生きる』に決定。8科目。

本日は、その受講理由や『認知症と生きる』の講義内容等を少し紹介します。

「認知症」、馴染みのある言葉。しかし、簡潔に説明できない。さらに、高齢になると「認知症」の発症頻度が高くなるとか。これから後期高齢者に向かう私、その実態や予防を学ぶのもよしと思う。

まずは、【講義概要】。

「近年の高齢者数の増加に伴い、健康な高齢者ばかりではなく、疾病や障害を持ちながら生活を続ける高齢者の数も増加している」。

「特に認知症高齢者の数は2015年に345万人、2020年には410万人になるとの予測がなされている。さらに高齢者だけでなく、若年性認知症による社会へのインパクトも大きい」。

「まさに「社会の病気」となっていることが認知症をとりまく現状であるが、「認知症」とは何か、という本質的な問いには、まだ到達できていない」。

「発症前の予防から看取りまでの個人のライフヒストリーや、そこに影響を及ぼす支援者や社会の在り方を、時系列的に理解し、歳をとるとなりやすくなる「認知症」になっても、「認知症」と共に生きるために必要なことを、先駆的な取り組みをしている実践家の言葉を知ることによって学習する」。

「認知症」は増加の傾向にあり、「「認知症」とは何か、という本質的な問いには、まだ到達できていない」。本質的な問いは、未知であることを知る。

次に【授業の目標】と【授業内容】の紹介。

「「認知症」とはどういうことか、医学的、社会学的、個人の人生というそれぞれの視点から理解する」。

「認知症者の発症前から、診断、診断後の生活の変化、様々な困難な状況、看取りという進行性の疾患としての一連の流れの中から、その都度あるべきサポートの方法を考えられる」。

「「認知症」の有無にかかわらず、どんな状態になっても暮らしやすいまちづくりの実現にむけた取り組みを学ぶことができる」。

「「認知症」をとりまく社会システムや制度などの様々な取り組みを知り、それぞれのメリット・デメリットを認知症と生きる人の立場で学ぶことができる」。

「認知症」に関して多面的に学べそうに思う。

「第1回 現代社会における「認知症」、第2回 「認知症」の人のライフヒストリーと地域包括ケアシステム、第3回 「認知症」の発症予防と普段からの健康管理」。

「第4回 「認知症」の発症と医療の在り方、第5回 「認知症」と生きるうえでの「認知症」の理解、第6回 「認知症」を生きる当事者の思い」。

「第7回 認知症診断後の生活の変化に対応できる取り組み1、第8回 認知症診断後の生活の変化に対応できる取り組み2、第9回 公的制度による認知症のサポート」。

「第10回 「認知症」になっても不自由しない居場所づくり、第11回 ICTを取り入れた、「認知症」の進行に伴ったケアの実践、第12回 「認知症」の医療介護連携から看取り事例」。

「第13回 「認知症」の人に寄り添うための人材育成:専門職、第14回 「認知症」の人に寄り添うための人材育成:地域住民、第15回 「認知症」をきっかけとした地域共生の展望」。

「認知症」に関して多面的な講義です。これからの生活で役立ちそうな気がします。

放送大学歌に「生きるとは学ぶこと、学ぶのは楽しみ」、「生きるとは知ること、知ることは喜び」との歌詞があります。その通りに思います。

現代経営学の開祖にして未来学者とも呼ばれたピーター・ドラッガーの教えを思い出しました。

氏は、「21世紀に重要視される唯一の能力は、新しいことを学ぶ能力である。それ以外は、全て時間とともにすたれていく」と述べています。

言い換えると「これからの時代、新たな事への挑戦が人生を分ける」とも言えるのかと思います。本質を突いた教え。新たな学びに挑戦したいと思います。

『知識から知恵へ』(平澤 興 一日一言)

「知識が知恵に成長するには、それだけの人生体験と謙虚さがいる」。

「どんなに学問をしても、それが鼻につくような薄っぺらなものではだめである。望ましいのはエスカレーター式上昇の単調な人生ではなく、にが味もある実もある人生であろう」。

『知識から知恵へ』、なるほどと思います。

2024-01-21

古希の小中学校クラス会と「人集め」

今年の8月中旬、島根の故郷で古希の小中学校クラス会を企画中。前回のクラス会は、10年前の還暦。私がクラス会に参加したのは、その時が最初。

今、頼りになる「姐さん」と「人集め」の知恵出し中。その知恵を地元在住同級生と意見交換し、具体化に向け進行。本日は、これまで企画した学会やイベント及び今回のクラス会、「人集め」について少し記します。

写真は、毎朝、小中学校のある川越駅に通学した我が故郷の三江線、鹿賀駅。今は、廃線。

これまで大学主催の市民シンポや学会全国大会等、数多くのイベントを企画し実施。学会関連では、参加者が1000人規模の全国大会や国際シンポジウム及び小集会等々。小集会等は、30年間、ほぼ毎年企画。

学会全国大会は、会員の出席希望者が多いので「人集め」の工夫はなくても参加者は多い。唯一の工夫は、懇親会の料理とお酒。ここで地元色を演出し、記憶に残り満足度の高い大会にする。

一方、シンポや小集会等は、「人集め」の一工夫が必要。参加者の多寡決定要因は、テーマと講演者。まずは魅力あるテーマの設定。次に面白い研究を実施し、知名度がある講演者の選出。さらに事前の広報。この3つで概ね十分。

さてクラス会。この「人集め」、チト難しい。地元在住者は、クラス会常連だが人数は少ない。県外在住者、親が故郷にいる人は、ほぼなし。さらにお互い70歳と活発に帰省する年代でもない。

これまでのクラス会出席者は、37名の同級生中10人から最大15名。すでに4名が鬼籍。今回は、33名中20名の参加を数値目標に掲げる。

さて、「人集め」の工夫。共通項は、小中学校での生活とその思い出。ここに焦点を当て、「クラス会に出席し、楽しく元気に80歳を迎える」が、テーマ。キーワードは、「昔を思い出す」、「楽しむ」、「元気を出す」。

現時点でのプログラム案。1.開会の挨拶と故人への黙祷、2.小学校校歌斉唱、3.乾杯、4.会食、5.小中学校思い出のスライドショー、6.小中学校思い出のクイズ、7.中学校校歌斉唱。

8.ひとり一人の思い出紹介、9.参加できなかった同級生のメッセージスライドショー、10.『故郷』の大合唱、11.締めの挨拶。

5月上旬に案内と出欠調べの往復葉書を投函。6月1日〆切。6月からクラス会ラインや葉書で毎月2回「クラス会通信」を発信。クラス会の魅力を宣伝。7月末が最終出欠〆切。場所は、小学校跡地の公民館。

先日、私より2学年上の庄内出身者と会食。その方は、クラス会幹事長。クラス会に関する情報収集。

クラス会は、2年に一度、一泊二日で開催。庄内在住者と東京在住者との共同開催とか。約180人の同級生のうち、毎回参加者は、約60名で男女半々。

クラス会の幹事は、会場の下見に行き、一泊してデータを収集。そして、他の幹事等を招集し、居酒屋で打合せ。場所を決定し、クラス会が終了すると幹事等を招集して、次回に向けて居酒屋で反省会。

居酒屋行きの頻度が高そうでした。クラス会の出し物や「人集め」の情報は得られず。美味しい料理とお酒及び温泉がセットのクラス会。皆でお酒を飲み楽しむのがメインのようでした。

古希は、人生の一つの節目。山形で生活し、これから年齢を重ねると帰省も含めた旅行が容易でない。クラス会に出席し、人生の「終活」に向け昔の仲間と楽しく思い出のひと時に浸りたい。

私達が小中学生の頃は、昭和30年代から40年代の初期。物はなく、知恵を出し、色々と工夫をして遊ぶ。新緑の春は、山に登り、夏には朝から晩まで日本で13番目に長い、江の川での川遊び。鮎や鯉、鰻等を捕り、それは貴重な夕食のおかず。秋は、クリやアケビ、キノコを採り、山での生活。

♪兎追ひし彼の山♪ 小鮒釣りし彼の川 ♪夢は今も巡りて 忘れ難き故郷♪

この原体験。故郷は、何時でも変わらず、何時になっても忘れない。子供の頃、野山や川で思い切り遊ぶ。子供の頃の野外での遊び、重要に思います。それを受け入れてくれた自然豊かな故郷。

8月のお盆、古希の小中学校クラス会、同級生からさらに知恵をもらい、参加者全員が楽しめるクラス会を目指します。私もクラス会を楽しみ、『故郷』を味わいます。

♪志を果して いつの日にか歸らむ ♪山は青き故郷 水は清き故郷♪

写真は、子供の頃、毎年楽しみにしていた秋祭りの石見神楽。夜9時から翌朝6時まで夜通し実演。

『苦悩は成長の条件』(安岡正篤 一日一言)

「人間は苦悩によって練られてゆくのでありまして、肉体的にも精神的にも人間が成長してゆくために苦悩は欠くことのできない条件であります」。

「そこで苦悩に敗れたらおしまいですから、過失や失敗のために取り乱さないように心がける必要がある」。

「自分の過失を知るということは、自己教育の最も重要な方法の一つであるとともに、人を教育する者の常に注意すべきことであります」。

「物心は相まって自己を完成する。人格も亦、境遇と相作用して進歩するものである。随(したが)って困難な境遇は常に人格の試練を意味し、又能く人格の価値を表明する」。

『苦悩は成長の条件』、心に響く箴言です。 

2024-01-19

市民講座、「世界遺産ナスカの地上絵研究」

山形大坂井正人先生を講師とした市民講座が1月28日新庄市「市民プラザ」、2月4日山形市「遊学館」で開催されます。本日は、その市民講座とペルー等について少し紹介します。

演題は、「世界遺産ナスカの地上絵研究:人工衛星画像・ドローン・人工知能」。下述は、概要。

「世界遺産ナスカの地上絵は、あまりにも広大な範囲に分布しているため、20世紀初頭の発見以来、充分に調査されてきませんでした」。

「そこで、地上絵がいつ、誰によって、どのような方法で、何のために作られたのかについて、根拠のない仮説が唱えられ、それが広く流布してきました」。

「しかし、21世紀に入り、日本調査団が人工衛星、ドローン、人工知能(AI)といった新技術を駆使した現地調査を実施した結果、地上絵に関する理解は格段に進みました」。

「この講演では、まず、日本調査団が過去20年間にわたって実施してきた研究の歩みをふりかえるとともに、地上絵の謎がどこまで解明されたのかについて説明します。そして、最後に今後の課題についてお話しします」。

「世界遺産ナスカの地上絵研究」は、テレビや雑誌で取り上げられ多くの人が、その名前は知っています。しかし、研究の実態や地上絵の謎がどこまで解明されたのかは、あまり知られていません。

今回の市民講座では、あまり知られていない謎の紹介がポイント。多くの皆さんが市民講座に出席されるのを待っています。申込は、電話(023-646-8836)か電子メール(ymg-sc@ouj.ac.jp)でお願いします。

「ナスカの地上絵」は、ペルーにあります。坂井先生とは、2018年にペルーの首都リマで開催された、「日本・ペルー大学学長会議」に一緒に出席。ナスカの地上絵に関して色々と教えて貰いました。


ペルーのリマのカトリカ大学に山形大のサテライトオフィスを設置したこともあり、リマには3回訪問。日本からリマまで一日の旅程。リマには、山形県人会があり、その親睦会に出席し、楽しい情報交換も行いました。懐かしいひと時。

本日は、ナスカの地上絵に関する市民講座について紹介し、ペルーを懐かしく思い出しました。

『憂いが人物をつくる』(安岡正篤 一日一言)

「人間は憂えなければ人物が出来ない。何の心配もなく平々凡々幸福に暮らしたのでは、優という文字の真義からくる“優秀”とはいい難い」。

「憂患を体験し、悩み抜いてきて初めて、人物も余裕も出来てくる」。

『憂いが人物をつくる』、考えさせられる教えです。