2024-08-09

山形SC所長推薦図書(5)森先生その2

本日は、山形学習センター(山形SC)、所長推薦図書紹介第5弾、(5)森 信三先生その2を一部再掲も含め少し記します。

森先生からは生き方について色々と学ぶ。先生の著書の一つ『父親のための人間学』からも多くを学びました。

最近、「人間学」について考える機会があり、「人間学」に関する書籍をいくつか読む。「人間学」の書名の本が、数多く出版されているのを発見。

その中の一冊が森信三先生著の『父親のための人間学』。私の年齢では、『爺さんのための人間学』が相応しいのかも知れません。

高校2年生の息子も含め5人の子供の父親として再読。新たな学び、多々発見。

森先生は、『家庭教育の心得21:母親のための人間学』や『10代のための人間学』も著され、いずれの著書も味わい深く、人間学の本質を突いてる。学びの書。

本日は、『父親のための人間学』から、「森語録」を少し紹介します。森先生のお話や提言は、とても分かりやすいのが特徴。問題は、それを実行できるかということ。

まずは、教育の原点として「躾の三原則」を紹介。

「1)朝の挨拶の必ずできる子にすること、2)呼ばれたら必ず「ハイ」と言える子にすること、3)ハキモノを脱いだら必ず揃え、立ったら必ず椅子を机にいれること」。

この「必ず」に下線が引いてある。この「躾けの三原則」ができたら、子育ては全く問題ないとのこと。私もそう思います。

この教えは、とても単純ですが、とても重要。まず、親の率先垂範が必要に思う。

「教育とは人生の生き方の種まきをすることなり」。なるほどと思う。

「人間は一生のうちに、少なくとも三度偉人の伝記を読むべき時期があると思う」。

「第一は、小学校の5、6年から中学・高校にかけての時期である。第二は、30代の前半から後半にかけての時期。第三は60歳あたりから晩年にかけての時期である」。

私、伝記、大好き。それは人間学を学べるからです。これから伝記を楽しく読み、さらに人間学を学びます。

「母親は、家長たる父親を立てずして家庭教育はありえない」。

「父親はいちいちこと細かに小言や叱りつけをすることは、賛成しがたく、これこそ父親軽視の種をまくようなものである」。

「家庭における父親の役割は、人生の見通しと社会的視野の広い立場に立った人生の生き方に基づき、家庭のあり方と子供の育て方の根幹と方向を明示すべき」。

これもとても重要な教え。夫婦の役割を相互に理解して対応することが重要に思う。

「父親の権威とは、人間的香気ともいえる人格と品位によって自ら発するものであります」。

「人間的香気」、善い言葉です。「人間的香気」を発したいが、これ簡単ではない。

そして、「あるべき父親像」として、5点を紹介する。

一.父親自身が確固たる人生観を持ち、柔軟にして強靱な信念の持ち主でなければならぬ。

一.父親はまず一事を通してわが子に忍耐力を育てる躾をすべきである。

一.父親は、平生は泰然として、あまり叱言をいうべきでない。

一.父親は、イザという時、凜乎たる決断と俊敏な行動を示すものでなければならぬ。

一.父親自身が自らの「生活規律」を持ち、これを厳守するものでなければなるまい。

「あるべき父親像」、この5点、どれも重要な教え。これからの人生、肝に銘じて生きたいと思う。

森先生、凄い人です。先生に感謝。

『多岐亡羊』(安岡正篤:一日一言)

「多岐亡羊ということがある。これは羊を飼っておった人が羊を逃がした。そこで慌てて追いかけた」。

「隣り近所の人も一緒になって追っかけてくれたが、あんまり枝道が多い。いわゆる多岐である。多岐が多くって、あっちへ行ったこっちへ行ったと言っているうちに、どこかに行っちまってわからなくなった」。

「人間もそういうもので、あんまり仕事が多くなると、肝腎なものがどこに行ってしまったかわからないようになる」。

「人間というものの本質、人間の使命、人間の幸福、そういったものがわからなくなってしまうのである」。

『多岐亡羊』、肝に銘じ、心して生活したいと思う。