2024-05-30

『昆虫学の百科事典』執筆と研究の思い出

昨年12月、『昆虫学の百科事典』の執筆依頼が届く。昆虫を捕食する捕食者全般、寄生蜂、寄生バエ、食性、寄主選択を含めた「捕食・捕食寄生」及び、テントウムシ類を中心にした「ギルド内捕食」を解説。

前者は、私を含め2名で執筆。私担当の2つの用語解説は、それぞれ約2,500字で執筆し6月末が締切。

放送大学特任教授になり初めて英語論文を読む。ドタバタしながら今、執筆を楽しみ進行中。本日は、一部再掲も含め「ギルド内捕食」とその執筆で思い出した昔の研究について少し記します。

何故、私のような現役を退いた元研究者に執筆依頼が来たのか。当初は不思議でした。現役の研究者で上述の用語説明が可能な研究者は多い。編集者の名前を見て納得。編集者は、年配の私の知り合い。

本書の目的は、「昆虫の多様性は勿論、文化や科学等人間との関りや、歴史的・古生物学的視点や環境との関りといった視点からも昆虫について解説することにより、読者に昆虫への多面的な興味を深めてもらう」。

「ギルド内捕食」は、共通の餌種を持つ捕食者同士の捕食として定義され、さまざまな生態系の捕食者群集や農業生態系での天敵間でも広くみられる種間関係。

これは、1990年代後半から活発に研究が実施。米国の友人に言わせると、「ギルド内捕食」の研究の先陣を切って進んだのが、山形大で行った私たちの研究とか。嬉しいことを言ってくれます。

この「ギルド内捕食」が、生物の個体数決定要因としてどの程度機能しているのかを解明するのが重要。そのためには野外観察や諸々の実験を行う多面的な解明が必要。我々の研究は、それに迫っていたのが評価された一因かもしれません。

1992年に山形大農学部に赴任し、まず始めたのが捕食性テントウムシの種間関係の研究。テントウムシの代表、ナナホシとナミテントウの種間関係から、さらにヒメカメノコも含めた3種のシステムに展開。

その後、さらに2種のテントウムシを含め5種のテントウムシと幼虫がアブラムシを捕食する5種のヒラタアブの種間関係に拡大。

これらのテントウムシが野外でどのように発育し、死亡するのか生命表を作成して、野外観察を実施。その結果、餌のアブラムシが減少するとナミ幼虫が他のテントウムシ幼虫を捕食する「ギルド内捕食」を発見。

これらの研究の一部を1996年に開催されたベルギーの国際シンポで指導学生が口頭発表し、最優秀講演者賞を受賞。このシンポ最後の最優秀講演者賞発表では、感動をもらいました。そのシーンは、今でも鮮明に記憶。

さらに野外の観察だけでなく、野外のムクゲ上でナミを除去し、それが他種テントウムシの生存や産卵への影響を解明する野外実験やケージを用いた室内実験等、多様な方法でテントウムシ等の種間関係を解明。


ナミとナナの種間関係の研究をフランスの専門雑誌にHironori Yasuda and Katsuhiro Shinyaで投稿し、通常はYasuda H. and Shinya K.となるのがHironori Y. and Katsuhiro S.となって出版。

私は共著も含め原著論文が約70編。その中で、Hironori and Katsuhiroの名前になった論文の引用度が最高。これらも懐かしい思い出。

そして、約70編の論文のうち半分は米国、英国、チェコ、ポルトガル、インドの友人たちとの共同研究、アブラムシ捕食者の種間関係の論文。

テントウムシの研究中に米国にアジアからナナホシとナミが侵入し、在来種が激減したことが報告。早速、米国の友人と米国の在来種減少機構を解明する日米共同研究を立ち上げる。

研究の結果、ナミが在来種を減少させたのは、ナミ幼虫が在来種幼虫を捕食する「ギルド内捕食」が重要であることを解明し、ドイツの国際雑誌に公表。

さらに、テントウムシの種間関係の研究で修士号を取得した教え子2名が、英国と米国の博士課程に入学し、それぞれ5年で博士号を取得。これも嬉しいニュース。

「ギルド内捕食」を執筆するために関連論文を読みながら、我が研究室の学生さんや海外の友人達との研究を懐かしく思い出す。関係者に感謝。

『いつも明るい顔で』(平澤 興 一日一言)

「実際のところ、嬉しいときに嬉しい顔をしておるのは、これはもう誰にでもできるのでありますが、色々嬉しくないことがあります」。

「そういう場合にでも決して慌てず騒がず、他の人が見ると全く平和な日と同じように見えるような顔、そういう顔を実際に私の周囲でも知っております」。

「これは平凡ではありますが、ある意味では人間の修練の最後の段階かもしれません」。

「したがってそれは、ぼけてそういう顔は駄目なのであります。同時に安らかな顔ではありますが、絶えず求めている、絶えず人間としての向上を目指さないところには、そういう明るい顔は出ないのであります」。

「退屈をするような人間にはやはり退屈の表情しか出ないわけであります」。

『いつも明るい顔で』、私の好きな教えです。心に留めたいと思います。